カフェ・ラ・テ(ラジオ日本)

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NHKの紅白歌合戦など
看板番組を手がけたベテラン!


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『紅白歌合戦』、『クイズ面白ゼミナール』、『爆笑オンエアバトル』などNHKの人気番組を数多く手がけてきた放送作家・井上頌一さん。
「学生運動時代の就職難で、学食に貼ってあった“テレビの作家になりませんか?”のポスターが唯一の望みでこの道に」。
それは永六輔さんの私塾『ニコノコ堂』の募集記事。
この塾からは、パーソナリティーとしても活躍したかぜ耕治氏や脚本家の故・松原敏春氏などを輩出しています。 

井上さんは1970年、大阪の万博の年に、NHKの音楽番組『ステージ101』で本格的に放送作家活動を開始。
さらに大晦日の『紅白歌合戦』にもこの年から34年間かかわってきました。
「紅白の構成は、司会のコメントや応援合戦の構成もしますが、全体の切り口、テーマをどう掘り下げていくか、が作家として大きな仕事。毎年毎年積み重ねていく歴史の中の一頁を書くつもりで・・・」
という言葉が印象に残りました。
いやはや、国民的看板番組うを担うとはいかに大変か!
「もっとも、生放送の現場では、応援コントが客席に受けなくて落ち込んだり、時間が押してきて、司会のコメントを短く調整したり、てんやわんやの鉄火場なんです。でも最後の『蛍の光』が無事、放送時間に収まると、なんとも言えぬ達成感です」。


さまざまな番組をてがけながら、今は暮れのクラシックのガラコンサートの構成でも活躍の井上さん。
「音楽から、クイズから、お笑いまで、幅広いですね、とよく言われますが、放送作家は刺身職人なんですよ!」。

そうなんです!
良い素材だけでは番組はできない、美味い切り口をみつける作家の技があって番組は生まれる。
井上さんの含蓄ある言葉でした。
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by japanhosakkyo | 2010-09-24 10:02 | 放送アーカイブ
修業時代! 
あの欽ちゃんから手取り足取り台本を学んだ!


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バラエティから情報番組まで幅広く活躍中の放送作家・植竹英次さん。
大学生の頃、青年座の養成所に入所し、演劇の道を目指すも、一方で「作家になりたい」という気持ちもあってシナリオセンターでも学んでいました。
そんなとき、ふと目にした放送作家募集記事。
求人先はコント55号を輩出した浅井企画だったのです。
「最初は、小堺一機さんや関根勤さんの現場についたり、一緒に映画の試写を見にいったり、ゆるい生活でした」。
と、当時を振り返る植竹さんです。
あるとき事務所の社長の引っ越しを手伝っていたら、萩本欽一さんのマネージャに
「お笑い書きたいなら、書いた物見せて」と声をかけられたそうで・・・。
でも、絵日記みたいなものしかなかったので、それを持っていったら、「いいね」と気に入られ、ついに欽ちゃんに直接ついて、あこがれの本格的な修業が始まったのです。
「でも、ボクの書くネタはボツばっかりで」。
かつてはがき職人としては採用率が高く、「子どもの頃からクラスでは面白い」と言われてきただけに、プロとしてやっていくにはまだまだだと実感しそうです。
そんな植竹さんを、欽ちゃんは家に呼んで、夜を徹して台本の書き方を指南したというから、なんとも羨ましい。
「一から原稿の書き方を教わった唯一の弟子」なのだそうだ。

現在は『とくダネ!』や『めざましテレビ』などの情報番組も手がけている植竹さん。
お笑いと情報番組では物のとらえ方やスタッフの感性も180度違うはず。
「でも、世の中みんなコントなんです。それをどういう形で表現するか、その違いなんですよね」。
生真面目さと可笑味が共存する不思議なオーラが魅力の植竹さんでした。
        
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by japanhosakkyo | 2010-09-10 09:49 | 放送アーカイブ