カフェ・ラ・テ(ラジオ日本)

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毎週土曜深夜3時~1422・JORFでお聴きください

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渡辺麻実さん!
『ロードス島戦記』や『X』などアニメーションの分野で活躍してきたベテラン


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実は高校生の頃は大のラジオっ子。
「夜更かしすると母に叱られるので、ラジカセ抱えて布団かぶって深夜放送を聴いてました」。

ラジオの世界で働きたいという思いが募って、日本脚本家連盟の『放送作家教室』に。
「講師に来たニッポン放送のドン・上野プロデューサーに面白い原稿書いて来い、と言われて」
すぐに行動!
そのときの仲間が何を隠そう、同じ教室生だったさらだたまこママです。
当時登竜門と言われた『夜のドラマハウス』に一緒に脚本を持ち込みました。
ああ、懐かしい思い出です。
あの日がなければ、今日このカフェ・ラ・テもなかったかも。。。。

「でも上野さんに赤いサインペンで大きくボツ!って毎回書かれてたよね」。
ええ、今となってはこっぱずかしくも懐かしい思い出! 
でも、互いにボツが続いてもめげずに支えあって、8本目くらいで渡辺さんは採用、

採用が決まると、作家麻実ちゃんには収録立ち会い用にお弁当と深夜タクシー券が配布され、
採用されないさらだママは、淋しくひとりマックと終電で帰りました。
この差!
なんとか私も採用されようと頑張ったけど、遅れて11本目くらいで
ようやくママのデビューが決まったのでした。

それがきっかけでニッポン放送に出入りし始めた二人。
コピー取りなどが主な仕事の下積み時代、でも渡辺さんの方が重宝されたのです。
それはアニメの知識。
ラジオっ子であり、同時に子供の頃から渡辺さんはアニメにも精通していたので
アニメ特番といえば「麻実ちゃん、書いて」とお声がかかっていました。
やはり何か売りがないと、ダメだ! と、そのころこっそり焦っていたママでした。

そしてある日「私、アニメの脚本書くから」と渡辺さんはアニメの世界に羽ばたいていったのです。
放送作家教室時代から、アニメ界の大御所・辻真先氏に師事して力の蓄えていたのです。
そんな麻実ちゃんに背中を押され、ママもなんとか追いつけと頑張ってこれたのかと思います。

余談ですが、さらだたまこのペンネームはドン・上野命名です。
顔が丸くてたまごのようで、その頃アラレちゃんのアニメにサラダキノコが出ていたから・・・
なんとなくイメージで。
で、こんな名前がついて、元々食いしん坊だから、料理番組書きたい! と思い立ち
料理が得意風に吹聴してたら、やがてまもなく料理番組の脚本依頼が!
それが、料理ライターにどっぷりつかるその後の人生に!
あ、いまは、料理だけにとどまらず、ミュージカルも小説も書いてます。はい




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by japanhosakkyo | 2009-09-30 10:09 | 放送アーカイブ
2009年9月18日
日本放送作家協会は、創立50周年を迎えました!

50周年の記念行事として、「放送作家たちの50年」というシンポジウム&脚本展を開催しました。
番組では前夜17日の放送で予告の特集を組みました。

以下、イベントの様子を写真でお伝えします。

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開会にあたって、記念の出版の本『テレビ作家たちの50年』(NHK出版)を手に
おおいに熱弁ふるう市川森一日本放送作家協会理事長



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お祝いにかけつけた下重暁子氏。
元NHKアナウンサーで、放送作家や脚本家の仕事についてもお話いただいた。
下中さんは財団法人JKAの会長で、JKAからは今回、このイベントの脚本展や、日本放送作家協会の活動である日本脚本アーカイブズにも協賛いただいています。



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お祝いにはこの方もかけつけて!
萩本欽一さんは秋房子(ふさし)というペンネームをもち、
放送作家協会員でもあるのです。
カフェ・ラ・テにも、秋房子さんとしてご来店いただきました。
司会は女優で協会員でもある中江有里さん。



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放送作家協会の重鎮、奥山コーシン氏(左)も参加して熱いトークが!
奥山さんは歌って落語もするラジオパーソナリティとしてもおなじみ!



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バラエティ部門のシンポジウム『バラエティ番組は、誰に支えられてきたのか?』
コーディネーター:水島久光氏(東海大学文学部教授)
パネリスト:右から秋元康氏(協会員)、稲増龍夫氏(法政大学社会学部教授)、高須光聖氏(協会員)、横澤彪氏(元テレビ・プロデューサー)



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ドラマ部門シンポジウム『テレビドラマにおける作家性の復権』
コーディネーター:上滝徹也氏(日大芸術学部教授)
パネリスト: 鈴木嘉一氏(読売新聞編集委員)、中園ミホ氏(協会員)、堀川とんこう氏(テレビ演出家)、山田太一氏(協会員)(写真は左から山田氏、堀川氏、中園氏)



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テレビジャーナリズム部門シンポジウム『表現の自由とメディアの倫理』
コーディネーター:丹羽美之氏(東京大学大学院情報学環准教授)
パネリスト:右から今野勉氏(テレビマンユニオン取締役副会長)、立花隆氏(評論家)、服部孝章氏(立教大学社会学部教授)、藤田真文氏(法政大学社会学部教授)、吉岡忍氏(ノンフィクション作家)



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 森薫作 「女の一生」の朗読劇の上演にあたって
 脚本家、森本薫についてのミニトークショー
 森本薫氏は昭和21年に34歳という若さで亡くなった伝説の脚本家です。
 演出の戌井一郎氏(右)と聞き手水原明人氏(左:放送作家協会会員)」



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 朗読劇「女の一生」を上演。
 主演は淡島千景さん 
 語りは懐かしいモグラのお兄さんこと、元フジテレビアナウンサー小林大輔さん。
 


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 記念イベントでは放作協の活動である脚本蒐集・保存の「日本脚本アーカイブズ」委員会による脚本展も
開かれました。4万冊近く集まった脚本のごく一部ですが、故人となった岩間芳樹、小川英、佐々木守、向田邦子(いずれも放作協会員でした)各氏の作品を特設コーナーで展示、また女優の三田佳子氏から寄贈された脚本、そして現在放作協理事長の市川森一作品を展示するコーナーも。
 さらに脚本アーカイブズで蒐集した中から発見された脚本をもとに、番組を再現するべく脚本リーディングも行われました。写真は昭和11年放送のラジオ台本「なぜなぜ座談会」の朗読



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ラジオ日本がラジオ関東時代に放送し、向田邦子さん書かれたラジオ台本「アナタと夜のハーモニー」も脚本アーカイブズで発見。再現リーディングが」行われました。
写真は、17日の深夜の放送で、イベントの事前告知にやってきた三原治実行委員長。


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by japanhosakkyo | 2009-09-18 08:53 | 放送アーカイブ
ゲストは『功名が辻』などでおなじみの
脚本家・大石静さん。


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さてさて、カフェ・ラ・テもついに100回放送をむかえました。
その記念すべきときに、大物脚本家をお迎えしました。

大石静さん。
テレビを書く前は劇団『二兎社』を結成し、作家であり女優でも活躍していた大石さん。
「ドラマにチョイ役で出ることがあって、その時プロデューサーや脚本家の先生に今度芝居やりますからってチラシ配ったの。今思えばド新人がすごい度胸だったと思うけど、みなさん見に来てくれて、芝居書くのだったらテレビも書いてみないかって声がかかったんです」。

プロットを書き続ける下積みもあったが、デビュー作がオンエアされた途端、あちこちから「書いてください」とお声がかかる売れっ子になったのです。

そんな大石さんの金言は「台詞が上手いのが一番!」。
師匠だった宮川一朗さんからは「起承転結なくていい。
視聴者は次に何をみたいか、それを考えて書き進んでいけ!」と教わったとか。
もうひとつ師匠から言われたのは「どんな球が来てもヒットにしろ!」。
始めに脚本ありきの場合、キャストについても注文をつけたくなるが
「私は一切、うるさくないですよ」と。
どんなキャスティングでも輝くように書きいてしまう、それが大石マジック!

大石さんは今年、日韓合作で注目のテレシネマにも『顔と心と恋の関係』というコメディタッチの書き下ろしで参加しました。
「脚本家は国境を越えられるんだ! って実感できたのが、何よりの収穫」。

大石静さんのドラマがアジアや世界にどんどん羽ばたくのが楽しみなさらだママです。
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by japanhosakkyo | 2009-09-15 08:45 | 放送アーカイブ