カフェ・ラ・テ(ラジオ日本)

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毎週土曜深夜3時~1422・JORFでお聴きください

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本日のお客様は、笑いで一時代を築いた「コント55号」
の台本を書いた秋房子(あきふさし)さんです。
といっても、秋さんの名前をご存知の方は少ないと思います。
でも、お顔をみればわかりますよね!
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実は秋房子とは、萩本欽一さんの作家としてのペンネームなんです。
まずは、なんでこんな女性のような名前なのか、
実は房子というのは、萩本さんの初恋の方の名前なのだとか・・・
作家って、こういう風に初恋の人のなまえをペンネームにするケースって多いんですよね。
あと、コント番組の作家が女性だということで、取材の要請がたくさんあったそうです。
でも『秋さんは人見知りで』・・・とかいって、取材拒否だったそうです。

さて、驚きだったのはそのコント55号の台本のお話!
なんと、ほとんど台本には何も書かれていなかったそうで
ただ、警官と泥棒とか設定だけがあって、あとはぶっつけ本番!
萩本さんいわく、面白い台詞を喋るのはコメディアンでなくとも
役者さんでも出来る。
台詞でなく面白いことを喋るのがコメディアンとのこと。
また、間の取り方には、客席が反応する余裕を考えるという大切さも重要だと!
そういえば、このごろ、特にテレビは、視聴者の反応おかまいなく、
マシンガンのように攻めてきますが!
その説得力にはマスターもママも思わず納得しました。

他にも「ダメ」といって可能性を追わないと、
どんどんつまらなくなってしまうよ、という萩本さんの言葉には
すごく重みを感じてしまいました。

放送の途中には、萩本さんとはかま満緒門下ということで、同じ釜の飯を食べた
市川森一放送作家協会理事長も突然スタジオに乱入。


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とても和気あいあいとした雰囲気の中にも、真摯に語る放送作家秋房子さんの
言葉は、一言ごとに重かったです!

では最後に記念撮影ショットも!


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by japanhosakkyo | 2008-03-23 21:08 | 放送アーカイブ
日本放送作家協会の重鎮、水原明人さん、満を持してのご登場!
水原さんは、『ドブネズミ色の街』(NHK、モンテカルロ・テレビ映画祭賞)、『田之助変貌』(ニッポン放送、芸術祭優秀賞)、という輝かしい受賞歴を持つ脚本家。同時に、日本脚本家連盟の放送作家教室の講師として、長年後進の指導にあたってきました。

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育てた新人の数知れず!
なにをかくそう、カフェ・ラ・テのママ、さらだたまこもその一人。時代は昭和のバブル前、女子大生だったたまこママは、水原学級の生徒でした。実は、放送作家の中に、水原学級の人はいったい何人いることやら! 

さて、水原さんは江戸文化研究家の顔もお持ちです。代々江戸っ子東京育ち。さらに時代劇の必殺シリーズを手がけたこともあって、時代考証もお手のもの。
写真で手にされている大江戸『伝馬町』ヒストリーは、時代劇が6倍楽しめる本。
それから講談社現代新書に収められている『江戸語・東京語・標準語』、『死後コレクション』も
言葉が大好きなみなさんには必読の書ですよ!
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by japanhosakkyo | 2008-03-16 21:36 | 放送アーカイブ
津川泉さん。名前だけ聞くと繊細で、女性作家のイメージが! 
でも素顔はがっしりした知的な男性です。
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津川さんは、主にラジオドラマを書き続けながら、「JODK消えたコールサイン」という名著を残す作家です。「JODK消えたコールサイン」は、朝鮮半島支配のための国策放送局として誕生し、玉音放送によってその使命を終えた、京城中央放送局(JODK)の運命の歴史と放送局員たちの人生を、豊富な資料と数々の証言でたどりながら、国家と民衆という、ジャーナリズムの原点と役割をもうひとつの昭和史のなかで問いかける、迫真のルポルタージュ。
この著作がきっかけで、韓国語や韓国の文化に造詣が深くなった津川さんは、後に、韓国に計2年ほど、語学留学。
その後学力を生かし、日本と韓国の放送作家の交流の世話人として、尽力しています。
今年6月に長崎で開催される「東アジア放送作家カンファレンス」もそうした交流の成果といえます。
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by japanhosakkyo | 2008-03-09 21:36 | 放送アーカイブ
放送作家は画面に登場しないから、イケメンじゃなくてもいいのですが、この方は、面立ちに品があるイケメンで、こういう人と、会議するなら何時間でもOK・・・と思うのは、カフェラテのさらだたまこママの独り言です。
うちの東海林マスターと川崎良さんは「日本テレビ・24時間テレビ愛は地球を救う」でご一緒だったそうです。夏の暑い日、やっと放送が終わったと思ったら、打ち上げの席で、「はい、みなさん、早速来年の企画考えてね、よろしく!」とプロデューサーに言われて、即刻会議がはじまり、げんなりした思い出とか、分かち合っていました。
「平成教育委員会」や「同予備校」などの構成作家としてとしておなじみ、そして、
アニメの「ふたりはプリキュア」のシリーズ構成も手がけています。
川崎さんほどのキャリアになると、もう若い者に現場を任せて、という立場にもなれますが、ご自身は一生現役主義だそうです。
そして将来は、アジアの各国に放送技術の指導に赴きたいという夢もお持ちです。
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by japanhosakkyo | 2008-03-03 21:03 | 放送アーカイブ