カフェ・ラ・テ(ラジオ日本)

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毎週土曜深夜3時~1422・JORFでお聴きください

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カテゴリ:放送アーカイブ( 135 )

頼もしい存在感!

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映画「ガキ帝国」「沈まぬ太陽」「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-」などの脚本でおなじみの西岡琢也さん。

現在、日本シナリオ作家協会の理事長として、脚本家の権利を守る活動にも力を注いでいる頼もしい存在です。

「元々映画が大好きだった」という西岡さんは関西大学在学中に、当時はピンク映画界でエースだった井筒和幸監督の助監督に。
「自主製作で頑張ってる井筒さんは僕にとってヒーローでした。あるとき情報誌で助監督募集の告知が載っていて、すぐに電話したんです」。
すでに通信教育のシナリオ講座で勉強中だと話すと、井筒さんから「オマエ、脚本も書け」といわれ、「助監督兼脚本家、ついでに役者もやりました」。
ピンク映画は低予算で、出演者の人数にもロケ場所にも制限がある。
せいぜい3、4日で撮影を終え、1ヶ月で仕上げて納品というスケジュールもタイト。
これが西岡さんを大いに鍛えた。「映画製作が実際にどうやって行われるか、今の若者にも、低予算の現場で修業するのは、苦労も伴うけど勉強になるから勧めたいね」と。

西岡さんがテレビドラマ脚本も手がけるようになったのは、90年以降。
映画界もバブル時代を迎え、素人が参入してきた。「大して経験がなくても監督と名乗って作品を作るようになって、辟易していた」ところに、テレビからオファーが。
「ピンク映画を捨てたわけじゃない。ジャンルにこだわらず、自由に描ける世界にいろいろ挑戦したくて」表現の場を広げていった。
今後は「テレビで放映できないようなドラマも作りたい!」と新たな意欲を燃やす。
芯があってぶれない人。
いまだに原稿は手書きで縦書き。
「文字は書くもの、打つものじゃない」の言葉が、今もさらだママの脳裏に響いています。

・・・といいつつt、この原稿もキーボード入力だ!
きっと将来、その人その人にカスタマイズされた手書き原稿スキャンすらすら入力、誤りませんバージョンができることでしょう!
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by japanhosakkyo | 2011-10-14 06:57 | 放送アーカイブ
ジャーナリストの高瀬毅さんは、ラジオの放送記者出身!

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低迷するラジオ業界と言われていますが、ラジオと通信の融合など、ラジオの明るい未来への可能性について
お話いただきました。
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by japanhosakkyo | 2011-09-30 06:50 | 放送アーカイブ
マルチに活躍する才女 久野麗さん


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放送作家、詩人、日本語教師というマルチな顔を持つ久野麗さん。
最初に目指したのは音楽家への道。
音大受験を目指したものの、青学の付属高校に入ってそのまま内部進学。
部活で青山学院管弦楽団に入ったのが、今の仕事に繋がっていった。

「楽団の指揮者が日テレの音楽番組の監修者で」その縁で番組のタイムキーパーに。
そこで出会ったのが放送作家の城祐輔氏。
「子どもの頃、台本を書く人にも憧れたなあ、という記憶が甦り」城さんに相談したら、「オクタゴン」という作家集団を立ち上げたばかりの河野洋さんを紹介された。
最初の仕事はクイズの問題作り。事務所には、セールスマンの成績表みたいな棒グラフで、採用された問題の数が張り出され、久野さんは常にトップを競っていたとか。その後、コントから皇室ものまで硬軟取り混ぜ、様々な番組を手がけた。
日本語教師の資格取得のきっかけは、NHKの『英語であそぼ』。
ことばの様々な問題に直面して日本語そのものを究めていくことに。
久野さんには『五十音の練習曲集』という、思わず声に出して読みたくなる楽しい著書もあって、これはさらだママのいちオシ!
フィールドの広い久野さんだが、『今晩は 吉永小百合です』などラジオ番組には愛着があり、言葉を紡ぐ台本に魂を注ぐ。
さらに今、芸大の大学院生でフランス歌曲を研究中。
そのバイタリティーと輝きに、さらだママは脱帽! 

さて、芸能界で「夜でもオハヨウございます」と何故言うか? 長年疑問に思っていたのですが、久野さんから大きなヒントがもらえました。

ヒント
おはようにてきて、こんにちは、こんばんはにできないっこと・・・・・ってなんでしょう?
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by japanhosakkyo | 2011-09-24 06:44 | 放送アーカイブ
脚本家 旺季志ずかさん

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カフェでしか聴けない話も!

『バラ色の聖戦』(テレビ朝日)をはじめ、『特命係長・只野仁』など多くのヒットドラマを手がけている脚本家、旺季志ずかさん。
葉山の海で、サーフィンとフラダンスを楽しみながら執筆というおしゃれなライフスタイル。

そんな旺季さんが最初目指したのは意外にもテレビに出る人! 
立教大学に進み、徳光和夫・みのもんたらを輩出した放送研究会に所属。
「でもアナウンサー試験には見事落ちて」卒業後、なんとかTBSのアルバイトで番組宣伝の仕事に就いた。
そして「テレビ局で間近に女優さんを見るうちになりたい!」との思いが募り、紹介されたのが宇津井健さんの付き人の仕事。
ここから役者修業が始まった。
「売れませんでしたが、宮沢りえさんと大河ドラマ『太平記』で共演しました」。
さらりと言うけど、大河ドラマに出演した脚本家は珍しい存在! 
さらに「業界にコネを作る」目的で始めたシナリオの勉強だったが、「書いてみるとシナリオが楽しくて」女優から脚本家になることを決意。
脚本家・松本功氏に師事し7年間の修業を経て、『はぐれ刑事純情派』で独り立ちした。
「ラブストーリーやコメディが得意なのですが、サスペンスは構成力を養う左脳が鍛えられ、どんなジャンルのドラマも書けるようになりました」。
師匠の言葉「仕事は断るな」を忠実に守ってきた。
旺季さん曰く、「シナリオは肉体訓練。書き続けないと筋肉が落ちて、とたんに台詞がだめになる」と。
そして、後進にはこうアドバイス!
「無駄なモノは何もない、あとでパズルのようにつながる」、そして「一生に一本の真面目な恋をしよう!」。

はい、さらだママも一生に一本物の恋を頑張ります!
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by japanhosakkyo | 2011-09-09 13:35 | 放送アーカイブ
お客様は
遠藤昇輝さん



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後半のゲストは、「噂の!東京マガジン」や「めざましテレビ」などで活躍する遠藤昇輝さん。
宅建主任者の資格を持ち、作家になる前は外国為替トレーダーだったという異色の経歴。

「でも、あるときふと自分の人生これでいいのかな」と思い、偶然書店で手にしたのが『マスコミ電話帳』。
もともとテレビが好きだったので、早速あるプロダクションに電話を入れてみた。
するとプロデューサーが会ってくれることになり、番組のディレクターを目指すよう勧められた。
しかし、遠藤さんは放送作家になりたいときっぱり!
「当時は影山民夫さん、高田文夫さん全盛時代で一番興味をもって見てましたから」。
そこで次に紹介されたのが売れっ子放送作家を多く抱える「ライターズオフィス」だった。

早速、矢継ぎ早に宿題を出されたが、仕事をしながらコツコツこなしていった。
「あとで事務所の社長に言われたんですが、ふつう無茶振りしてたら、そのうちめげて来なくなるけど、いつまでもついてくるからさ」。その努力の甲斐あって、放送作家で一本立ちもできた。
以来10数年、レギュラー番組を抱えて活躍中だ。順風満帆のようだが、放送作家の道のりは茨の道。
「最初は森本毅郎さんに『陳腐なナレーションだなあ』って秒殺!(笑)」。

単に文章が上手いだけでは通用しない。
誰も思いつかない発想力を要求されたり、埋もれたネタを発見し、原石を磨き上げて輝くダイヤモンドにするアンテナも必要とされる。
「一見控えめで黒子的な存在だけど、なんでもこなすマルチプレーヤー」と遠藤さんは放送作家を表現する。
まだまだ大きな可能性に向かって邁進するパワーを秘めた遠藤さんでした。
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by japanhosakkyo | 2011-08-26 12:02 | 放送アーカイブ
お客様は
石垣賢蔵さん


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あの名曲の驚きのエピソード!

社交ダンスを趣味とするダンディな石垣さんのキャリアはほぼ半世紀という大ベテラン! 
フジテレビの「3時のあなた」「タイム3」「小川宏ショー」「ナイスデー」など、ワイドショーの黄金期も活躍されてました。
その期間は35年に及ぶという長いキャリア。
そんな石垣さんも、子どもの頃は「ラジオを聴いて育った世代で、ラジオドラマが大好き」だったそうです。
高校時代は放送委員として校内放送で声優を担当し、ラジオドラマを作る楽しみを覚えました。
大学は早稲田大学。
多くの放送人を輩出した放送研究会に入部され、そこでラジオドラマのシナリオを書く面白さも知ったのです。「在学中から放送作家で活躍している先輩がいて、羽振りもいいし俺も!」とその先輩を頼って文化放送に出入りを始めたのが放送作家への第一歩。
書いた台本が面白いと、プロデューサーに認められ、少しずつ仕事が増えていったとのこと。

ちょうど、文化放送でドリフターズの番組が始まって、面白い台本を書くようにオーダーがきた!
「採用になるかどうかは、いかりや長介さんの判断で、『つまんねえな』のひと言で何度台本をゴミ箱に捨てられたか!」。
ベテラン放送作家でも、駆け出しの頃はみな苦労はつきものなんですねえ。
「あの頃は、採用された台本しか金にならなくてね。ボツが続くと食えなくて、キャベツばかりかじってた。ギャラが入ると月に一度の贅沢でおでんを食べたね」
あれ?・・・・・・それってどっかで聞いたような・・・・・・。
実は当時の新人放送作家仲間に、後に作詞家で成功する喜多条忠(まこと)さんがいた。
かぐや姫の大ヒット曲『赤ちょうちん』の歌詞は石垣さんがモデルだったというエピソードも聞けて、
さらだママは大満足でした。
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by japanhosakkyo | 2011-08-12 11:58 | 放送アーカイブ
お客さまは脚本家の
梅田みかさん


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財前直見主演の『お水の花道』や観月ありさ主演の『あした天気になあれ』などでおなじみの梅田みかさん。作家、故・梅田晴夫を父に持つ。子どもの頃は「父のようにはなれない」と、バレリーナを目指していた。
ところが「大学のときの恋人にラブレターを書いたら、『君は文章が巧いから作家になるべきだ』と洗脳されて」小説を書き始めたという。
慶應大学卒業後、出版社に。
「でも、通勤がきつくて」2年で退社。その後知り合ったラジオのディレクターに勧められて構成作家に。

ニッポン放送で観月ありささんの番組を担当したとき、テレビドラマのプロデューサーに紹介され、
「ドラマも書きませんか?」と声をかけられ「はい、書きます!」と。
「当時は何でもやってみたくて。でも脚本の書き方を知らなくて、拾ってきた台本を手本に見よう見真似で」書いたという。

いわゆる師匠もいないし、シナリオ教室にも通わなかった独学派。
入念なプロットや、緻密な箱書きは用意せず、浮かんだ台詞をいきなり書くのが梅田流。
集中力があり、短時間で仕上げてしまう。
「でも連ドラの場合、1話目は納得いかないと50稿ぐらい平気で書き直しちゃいますね」。

時代の空気感を巧にキャッチして、気の利いた台詞を通して笑わせたり、ほろっと泣かせる梅田ワールドが魅力だが、そのスキルは文章力はもちろんのこと、人生の経験値がものを言っている。
ベストセラーエッセイ『愛人の掟』で、恋愛のカリスマとも呼ばれるが、
「大切なことって、いかにたくさん経験して引出を豊富にするか」。
これは脚本家志望者に向けたアドバイスだったが、東海林マスターとさらだママにも戒めの言葉に。

そう、もっと刺激的に生きていかないと、恋愛体質からどんどん遠ざかりそう!
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by japanhosakkyo | 2011-07-29 11:55 | 放送アーカイブ
ゲストは脚本家の
橋本裕志さん


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江角マキコ主演の『ショムニ』、キムタク主演の『華麗なる一族』などの作品でおなじみの橋本裕志さん。

脚本家を目指すきっかけは市川森一脚本・西田敏行主演の『港町純情シネマ』を見て、
こういうドラマを書いてみたいと思ったこと。
倉本聰の『前略おふくろ様』、山田太一の『想い出づくり』などにも影響を受けたという。

礼文島出身で、大学は小樽商科大へ。
演劇のサークルに入り戯曲を書いて学生時代を過ごした後、本格的に芝居をやりたくて上京。
ここで様々な出会いがあった。
最初に入った劇団は、後に映画界で活躍する孫家邦さんが主宰していた。
自作の脚本で上演された芝居を見に来て声をかけてくれたのが、映画プロデューサーの荒戸源次郎さん。
荒戸さんはアニメ『忍たま乱太郎』などの売れっ子脚本家・浦沢義雄さんを紹介してくれた。
そして浦沢さんに弟子入りし、まずはアニメの脚本家としてスタートしたのだった。

やがて映画やVシネマの脚本も手がけるようになり、『ショムニ』の企画が立ち上がったとき声がかかった。
以降、橋本流コメディの世界を全開にして好評を博す一方、佐藤浩市主演の『官僚たちの夏』など硬派なドラマや、また『熟年離婚』といった大人の男女の心模様を描く作家として幅広いジャンルをこなす作家になった。

この人には、得意不得意はない。
どんな難題な作品が来ても、面白がって「うっしっしー」と勢いづいて書いている姿がある。
「耳のいい脚本家」だと言われるという。
自己主張も強い反面、他人のアドバイスに耳を傾け、咀嚼して作品に反映させる懐の広さが
脚本家・橋本裕志の魅力と、改めて実感したママでした。
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by japanhosakkyo | 2011-07-15 11:47 | 放送アーカイブ

#194は兼高聖雄教授

ゲストは、日本大学芸術学部の
兼高聖雄教授

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ギャラクシー賞の選考委員も歴任されている兼高先生に
今年の受賞作のお話しや
ラジオ番組の魅力について
たっぷり伺いました。
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by japanhosakkyo | 2011-07-01 11:40 | 放送アーカイブ

#190&191は村上卓史さん

お客様はスポーツ・情報バラエティを得意とする
村上卓史さん


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放送作家の村上卓史さん。
『ジャンクスポーツ』に代表されるスポーツバラエティや、野球、格闘技、競馬の中継も担当。
業界では「歩くスポーツ事典」と異名をとる。

大学生のとき『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の放送作家予備校に応募して採用されたのがデビューのきっかけ(4月のゲスト、おちまさとさんと同期)。
テリー伊藤氏の門下となり、「元気に続いて、『ねるとん紅鯨団』でも、テレビ番組の作り方を徹底的に仕込まれました」。
学業と両立しがたい修業時代だったが、教員免許もしっかり取得という離れ業もやってのけた。

しかも、学生時代から趣味としていた競馬もその後仕事に活かす八面六臂ぶり! 
「競馬は好きなだけに趣味にとどめていたかった」と最初は逡巡したけれど、スポーツ中継のMCやコメンテーターにタレントが起用されたり、スポーツ好きでない視聴者をも引き込むバラエティ要素が要求される時代には、放送作家の腕のみせどころとなる。

村上さんは今、そのど真ん中で才能を発揮している。
「スポーツ番組はかつて中継が主体でした。でも今は人(選手、あるいは馬も含めて)を魅力的にフィーチャーして、勝負という先が読めない展開の流れの中でバランス良く構成することが求められています」
中央競馬会に馬主登録もした村上さん。
哲学者風の眼差しで、バリトンの声で語られると、どんな女性も“やまとなでしこの桜子”の心境になりそう!
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by japanhosakkyo | 2011-06-10 11:17 | 放送アーカイブ