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言葉変換『もんじろう』用アイコン カテゴリ:放送アーカイブ  

  • #227&228は 安達奈緒子さん
    [ 2012-02-24 08:18 ]
  • #225&226 藤森いずみさん
    [ 2012-02-10 08:14 ]
  • #223&224 は 蔵元三四郎さん
    [ 2012-01-27 08:10 ]
  • #221&222 宇野宇さん
    [ 2012-01-13 08:08 ]
  • #218&219 は カニリカさん
    [ 2011-12-23 07:48 ]
  • #216&217 釜澤安季子さん
    [ 2011-12-09 07:38 ]
  • #214&215 放送作家の渡辺ゆたかさん
    [ 2011-11-27 07:29 ]
  • #212&213 ゲストは大御所あかぎてるやさん
    [ 2011-11-11 07:23 ]
  • #210&211は園田英樹さん
    [ 2011-10-28 07:03 ]
  • #208&209は脚本家 西岡琢也さん
    [ 2011-10-14 06:57 ]

言葉変換『もんじろう』用アイコン #227&228は 安達奈緒子さん  

2012年 02月 24日

ヤンシナ出身 安達奈緒子さん




詳しくは 3月18日発売の月刊『ドラマ』で!

by japanhosakkyo | 2012-02-24 08:18 | 放送アーカイブ | Trackback | Comments(0)

言葉変換『もんじろう』用アイコン #225&226 藤森いずみさん  

2012年 02月 10日

藤森さんは筆名・麻生未央で「花の慶次」を執筆



詳しくは 3月18日発売の月刊『ドラマ』で!

by japanhosakkyo | 2012-02-10 08:14 | 放送アーカイブ | Trackback | Comments(0)

言葉変換『もんじろう』用アイコン #223&224 は 蔵元三四郎さん  

2012年 01月 27日

時代劇、刑事ものでおなじみ 蔵元三四郎さん



詳しくは、現在発売中の月刊『ドラマ』をご覧ください

by japanhosakkyo | 2012-01-27 08:10 | 放送アーカイブ | Trackback | Comments(0)

言葉変換『もんじろう』用アイコン #221&222 宇野宇さん  

2012年 01月 13日

マルチに活躍! 宇野宇さん




詳しくは、現在発売中の月刊『ドラマ』をご覧ください

by japanhosakkyo | 2012-01-13 08:08 | 放送アーカイブ | Trackback | Comments(0)

言葉変換『もんじろう』用アイコン #218&219 は カニリカさん  

2011年 12月 23日

好奇心の赴くままに! それがカニリカ流




カニリカさんは、「女性学を勉強するために」米国カリフォルニア州立サンタアナカレッジに入学したものの「途中で専攻を変えて、テレビ制作を学ぶことに」なった。

子供の頃からテレビっ子だったので、アメリカで学んだ経験を生かして帰国後、日本のテレビ局入社を目指した。「でも、片っ端から試験に落ちて」、映像制作志望でポニーキャニオンに入社。

ところが「英語ができるからと、洋学部に配属されて」FM局を回るプロモーション担当に。
そこでラジオ番組の面白さを実感し、制作会社の人にディレクターやってみない? と誘われたのが実際に番組制作に携わるきっかけとなった。

だが尋常じゃないハードな現場で仕事を続けたため体を壊し、その後、マイペースで仕事をするために自ら制作会社を設立。
ラジオ番組の制作にとどまらず、雑誌のライターにフィールドを広げ、蓄積したネタを買われてテレビの放送作家の道に。
その後、コメンテーター、DJ、戯曲の作・演出まで好奇心の赴くままに! それが大きな可能性につながっている。

by japanhosakkyo | 2011-12-23 07:48 | 放送アーカイブ | Trackback | Comments(0)

言葉変換『もんじろう』用アイコン #216&217 釜澤安季子さん  

2011年 12月 09日

多岐にわたって活躍の場を広げている女性放送作家



釜澤さんは、『情熱大陸』などのドキュメンタリーや旅番組を得意とする放送作家。
ジャンルにこだわらずフィールドが広いこと、そして自ら会社を設立して代表もつとめています。

釜澤さんの放送作家になったきっかけもユニーク。
釜澤さんは子供のときからドラマウォッチャーで、「将来はテレビドラマのプロデューサーになりたい」と夢みていた。
そこで新聞でみつけた制作会社のAD募集記事に応募したところ、「採用になったものの、クイズ番組のクイズ作家が足りないのでやれと言われ」、『高校生クイズ』や『なるほど!ザ・ワールド』でたっぷり鍛えられた。
「最初のうちはボツ続きだったのですが、そのうち『お前の作る問題は面白い』と褒められるようになって」、クイズだけでなく構成も含めた放送作家にならないかとディレクターに勧められたという。
釜澤さんが駆け出しの頃は、ケータイもなければインターネットも無い時代。
リサーチからロケのコーディネートまでフットワークよく動いて経験を積んだ。

それがその後の小説、映画の脚本など幅広いフィールドで活躍する原動力になっている。

by japanhosakkyo | 2011-12-09 07:38 | 放送アーカイブ | Trackback | Comments(0)

言葉変換『もんじろう』用アイコン #214&215 放送作家の渡辺ゆたかさん  

2011年 11月 27日

劇団四季出身の歌って踊れる異色の放送作家



ミュージカル俳優を経て放送作家になったという渡辺ゆたかさん。
さらだママが憧れる〝歌って踊れる放送作家〟です! 

長野という教育県で育った渡辺さん。
「希望校は狭き門で、高校受験に失敗した中学浪人をも含めて3浪し、悶々とした青春時代を過ごしていたのですが、あるとき雑誌の記事に目から鱗が落ちて!」。
それは演出家・浅利慶太さんのインタビュー記事。
そこで、渡辺さんは将来の道を決めた。

浅利氏率いる劇団四季に入るため、まず浅利氏の母校・慶應大学を目指し、見事入学。
劇団四季の試験は2度目で合格。
同期に鹿賀丈史さん、市村正親さんが。

12年間で約2000ステージに立つも、結婚を機に退団を決意。
「浅利先生には、子供のためのミュージカルの台本や作詞・訳詞を執筆するチャンスもいただいて」、書く方で仕事をしていこうかと思いも強くなっていた。

そこで舞台で共演した前田美波里さんに相談したところ紹介されたのが奥山コーシンさん。
放送作家界の重鎮にして秋元康さんの師匠!(たまこママの師匠でもあります)

奥山師匠には、初対面で日テレに連れていかれ、いきなり『ルックルックこんにちは』のスタッフルームに置き去りにされた。
「浅利先生と180度違うノリの師匠」に唖然としつつも、売れっ子放送作家の空気感を必死で学んでついてきた。

35歳、放送作家としては遅いスタートだったが「40までに一人前になっていよう!」と目標を決め、主にワイドショー畑で奮闘。
会議中の話しぶりを買われてTBS『ワイド・ウォッチャー』にはコメンテーターとして出演も。
「今や俳優人生より作家人生が長くなって」という渡辺さんには歌って踊れる事も武器にした作品にも期待したいと、しみじみ思ったさらだママでした。

by japanhosakkyo | 2011-11-27 07:29 | 放送アーカイブ | Trackback | Comments(0)

言葉変換『もんじろう』用アイコン #212&213 ゲストは大御所あかぎてるやさん  

2011年 11月 11日

作詞家でもおなじみ あかぎてるやさん




作詞家、演出家としても活躍されているあかぎてるやさん。
8月にカフェに登場した石垣賢蔵さんが師匠と慕ったエピソードを話してくださったので、是非お会いしたいと思っていたさらだママでした。
早速幼少の頃からのお話を伺うと意外なことに「実家が医者で、高校時代までは医学部進学を目指していた」と。
「親友に映画好きがいて、その影響で洋画や洋楽に目覚めてしまい」、ミステリーなど読みあさる文学少年に転向、大学も早稲田大学の国文科に。
大学では放送研究会の演出部に属し、ラジオドラマの脚本を書いたのが〝もの書き〟の始まり。
「大学3年のとき、文化放送のディレクターになった大学の先輩に、手伝ってくれと呼ばれて」そのまま放送作家になった。
最初に担当したのが『懐かしの歌ごよみ』。
それまで洋楽一辺倒だったあかぎさんが、日本の歌謡曲の魅力に触れたきっかけになり、江利チエミさん、都はるみさんなどビッグスターの番組を手がけ、文化放送の看板番組『走れ歌謡曲』を長年にわたって担当、それが「後の作詞家活動に繋がっていく。

東海林マスターとさらだママがカラオケでよく歌う『ちょっとだけ…』
(島倉千代子&目黒祐樹)もあかぎ先生の作品だったのでびっくり! 

2000年以降『あかぎスペシャル』と題した歌謡コンサートの構成・演出も精力的に続けているあかぎさん。
印象的なエピソードとしては、「放送作家かけ出しの頃は、コピー機がないので原稿にカーボンを挟んで3枚複写式で書いていた」と。

東海林マスターもさらだママも知らなかった貴重な〝放送作家史〟のヒトコマ。記憶にとどめなくては!

by japanhosakkyo | 2011-11-11 07:23 | 放送アーカイブ | Trackback | Comments(0)

言葉変換『もんじろう』用アイコン #210&211は園田英樹さん  

2011年 10月 28日

ポケモン作家と、お芝居の話で盛り上がりました!




アニメ「ポケットモンスター」シリーズの脚本で知られる園田英樹さん。
小学生のときから「ひょっこりひょうたん島」が大好きで、作者の井上ひさしさんの自伝を読んだら「脚本家になりたい!」と強く憧れた。
上京して明治大学に。
しかし学業よりアングラ劇の活動に青春を捧げた。
「井上ひさしさんと並んで尊敬する童話作家の森忠明さんに原稿を見てもらったら、まず演劇の勉強からしなさいと勧められ」、三原史郎氏率いる「劇団日本」に。
「アングラでしたから、初舞台でいきなり全裸になって。
そのとき演劇ってすごいな、なんだってできるんだ、ってすべてが吹っ切れましたね」。

その後、自作の芝居をやるために、ユニットも結成。
そんな活動の中、森忠明氏の友人で脚本家の小山高生氏を紹介された。
「テレビアニメの脚本書ける?」って言われて、ハイと即答。
「芝居書いてるからアニメなんて簡単に書けそうだと思ったんだけど、甘かった」。
決定稿に至るまで、何度も描き直しが待ち受けた。
しかし、それもいとわず、テレビの脚本は午前中に、午後からは劇団で芝居づくり、さらに夜はジュブナイル系の小説の執筆という精力的な生活を続け、さらに学校の講師や、生まれ故郷佐賀県鳥栖市の図書館で名誉館長を勤め、ワークショップを指導するなど八面六臂の大活躍。
確実に一歩一歩、憧れた井上やすしさんに近づいている。
そんな園田さんのストレス解消法は、散歩しながら即興で歌うこと。
そして時間を作って海外の演劇祭を見て歩くこと。
さらだママよりちょっとだけお兄さんの園田さんですが、身心ともに若くてパワフル。
見習わなくっちゃ!


さらだママのこぼれ話
園田さんは、超多忙な中、時間を作って海外の演劇祭を見に行くそうです。
で、今年はどこに? と聞いたら、夏はエジンバラにと!
なんと、奇遇、さらだママも自作脚本作品「沢木順 ソロミュージカル ロートレック」をエジンバラ演劇祭(フリンジ)にかけたので、夏エジンバラに行ってたのです。
一ヶ月公演で、私は最初の一週間、園田さんは後半にいらしたとか・・・ですれ違いでしたけど。
で、で、なんと!
園田さんは、「ロートレック」(英語版)を現地で観てくださったそうです。
園田さんとは初対面でしたが、こういう奇遇を、オンエアで語るって、ほんと縁を感じます!


by japanhosakkyo | 2011-10-28 07:03 | 放送アーカイブ | Trackback | Comments(0)

言葉変換『もんじろう』用アイコン #208&209は脚本家 西岡琢也さん  

2011年 10月 14日

頼もしい存在感!



映画「ガキ帝国」「沈まぬ太陽」「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-」などの脚本でおなじみの西岡琢也さん。

現在、日本シナリオ作家協会の理事長として、脚本家の権利を守る活動にも力を注いでいる頼もしい存在です。

「元々映画が大好きだった」という西岡さんは関西大学在学中に、当時はピンク映画界でエースだった井筒和幸監督の助監督に。
「自主製作で頑張ってる井筒さんは僕にとってヒーローでした。あるとき情報誌で助監督募集の告知が載っていて、すぐに電話したんです」。
すでに通信教育のシナリオ講座で勉強中だと話すと、井筒さんから「オマエ、脚本も書け」といわれ、「助監督兼脚本家、ついでに役者もやりました」。
ピンク映画は低予算で、出演者の人数にもロケ場所にも制限がある。
せいぜい3、4日で撮影を終え、1ヶ月で仕上げて納品というスケジュールもタイト。
これが西岡さんを大いに鍛えた。「映画製作が実際にどうやって行われるか、今の若者にも、低予算の現場で修業するのは、苦労も伴うけど勉強になるから勧めたいね」と。

西岡さんがテレビドラマ脚本も手がけるようになったのは、90年以降。
映画界もバブル時代を迎え、素人が参入してきた。「大して経験がなくても監督と名乗って作品を作るようになって、辟易していた」ところに、テレビからオファーが。
「ピンク映画を捨てたわけじゃない。ジャンルにこだわらず、自由に描ける世界にいろいろ挑戦したくて」表現の場を広げていった。
今後は「テレビで放映できないようなドラマも作りたい!」と新たな意欲を燃やす。
芯があってぶれない人。
いまだに原稿は手書きで縦書き。
「文字は書くもの、打つものじゃない」の言葉が、今もさらだママの脳裏に響いています。

・・・といいつつt、この原稿もキーボード入力だ!
きっと将来、その人その人にカスタマイズされた手書き原稿スキャンすらすら入力、誤りませんバージョンができることでしょう!

by japanhosakkyo | 2011-10-14 06:57 | 放送アーカイブ | Trackback | Comments(0)