カフェ・ラ・テ(ラジオ日本)

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毎週土曜深夜3時~1422・JORFでお聴きください

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カテゴリ:放送アーカイブ( 135 )

おかげさまでもうすぐ9周年!

2007年秋に始まったカフェ・ラ・テ。
日本放送作家協会制作協力による放送作家・脚本家の広報番組です。

いよいよ、9月には9周年を迎えます!

あらめて今までご出演いただいた方を、
登場順にずずずいーっと、お名前を上げさせていただきます(敬称略)

市川森一
南川泰三
細川直子
高谷伸之
森治美
大倉徹也
藤本義一
井川香四郎
沢口義明
デーブ・スペクター
中園ミホ
今村良樹
道蔦岳史
山田太一
竹山洋
今井昭二
坂口理子
横田理恵
はかま満緒
鈴木おさむ
大和定次
川崎良
津川泉
水原明人
萩本欽一(秋房子)
前田武彦
冨川元文
藤井青銅
奥山コーシン
原田ひ香
山西伸彦
城市貴夫
竹内日出夫
香取俊介
毛利恒之
布勢博一
吉村ゆう
秋元康
羽田野直子
高橋秀樹
早坂暁
杉紀彦
かぜ耕士
城田光男
花輪如一
ダンカン
鎌田敏夫
滝大作
清水東
尾崎将也
北阪昌人
原すすむ
山家誠一
高橋秀樹
西条道彦
田村隆
鈴木貴子
内村宏幸
中町綾子
つげのり子
西沢七瀬
大岩賞介
清水喜美子
岩立良作
大石静
渡辺麻実
野呂エイシロウ
梶本恵美
高須光聖
鮫肌文殊
中江有里
井出真理
中島丈博
伊東雅司
富田祐弘
金杉文夫
富樫佳織
植竹公和
西岡琢也
豊村剛
岩瀬理恵子
すずきB
石田章洋
成田はじめ
鳴海昌明
下重暁子
小野沢美暁
加藤正人
相良敦子
倉本美津留
板橋恵
植竹英次
井上頌一
岩瀬理恵子
はっぴーふーみん
松本茂樹
岡崎由紀子
乙川恒樹
石津聡
山本むつみ
伊藤正宏
亀和夫
元祖爆笑王
筒井とも美
伊藤忠
豊村剛
おちまさと
伴一彦
野口卓
村上卓史
クリタヤスシ
兼高聖雄
橋本裕志
梅田みか
石垣賢蔵
遠藤昇輝
旺季志ずか
久野麗
高瀬毅
西岡琢也
園田英樹
あかぎてるや
渡辺ゆたか
釜澤安季子
カニリカ
宇野宇
蔵元三四郎
藤森いずみ
安達奈緒子
藤川桂介
三宅直子
青島美幸
遠藤察男
大野武雄
柏原寛司
柏田道夫
鈴木嘉一
中山ユキオ
井沢満
関えり香
桂千穂
相沢友子
目黒和仁
江頭 美智留 
吉田智子
杉崎智介
山崎純
小山高生
石原武龍
元木すみお
里島美和
波多野都
大森美香
石森史郎
加藤綾子
正岡謙一郎
松木ひろし
古沢良太
金子成人
雪室俊一
両沢和幸
渡邉睦月
鈴木良武
尾西兼一
小林靖子
塩田千種
太田愛
隅沢克之
坂内馨一
吉行由実
水越洋子
田村周
飯野陽子
やまさき十三
松本耕一
白石雅彦
小森名津
山本あかり
水野宗徳
阪井あかね
高橋祐太
鈴木智
岡 英城
小松與志子
あべあきら
清水友佳子
池端俊策
杉山ジョウジ
李正姫
遠藤みちスケ
荒井修子
横幕智裕
福田裕子
鈴木雅貴
東多江子
稲田和浩
勝木友香
村井さだゆき
河原れん
西田征史
山田耕大
川嶋澄乃
根本ノンジ
荻野欣士郎
輿水泰弘
宮下隼一
坂本咲子
大川俊道
宮村優子
斉藤ひろし
大森寿美男
山口克久
矢島正雄
佐々木昭一郎
足立紳
山田美保子
たむらようこ
小林雄次
青柳秀侑
ペリー荻野
高山由紀子
あべ美佳
萩原津年武
三宅隆太
中野貴雄
山浦弘靖
金子ありさ
寺田憲史
秦建日子
吉高寿男
篠崎絵里子
奥村俊雄
坂田義和
藤井清美
山野辺一記
いとう斗士八
藤井香織
入江信吾
森岡利行
會川昇
福田卓郎
今井雅子
浜田秀哉
三浦有為子
大井洋一
平野文
古崎康成

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by japanhosakkyo | 2016-08-19 17:14 | 放送アーカイブ
井沢満さん

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詳しくは月刊「ドラマ」8月号の誌面で。
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by japanhosakkyo | 2012-06-29 11:41 | 放送アーカイブ
ADからたたき上げて、放送作家に!
いまや社長!
中山ユキオさん

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詳しくは、月刊ドラマ8月号の誌面をお読み下さい。
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by japanhosakkyo | 2012-06-15 11:38 | 放送アーカイブ

#242は鈴木嘉一さん

元読売新聞編集員 鈴木嘉一さんに
大河ドラマの楽しみかたを語っていただきました。
制作現場をみっちり取材した濃いお話しでした!

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by japanhosakkyo | 2012-05-31 06:19 | 放送アーカイブ
「武士の家計簿」の柏田道夫さん


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柏田道夫さんは、森田義光監督作品『武士の家計簿』の脚本を手がけ、歴史ドキュメンタリーである原作からドラマを創り出したシナリオで「第20回日本映画批評家大賞」〝脚本賞〟を受賞されました。
戯曲や小説とテリトリーも幅広い柏田さんの原点もやはり映画少年。
「高校受験で志望校に行けず落ち込んだとき、アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』を見て、運命を受け容れようと気持が切り替わった」という柏田さんは、そのとき改めて映画の力のすごさを認識したといいます。
大学卒業後、就職するも長く続かずフリーターに。
もの書きになろうとシナリオセンターに通い始め、シナリオコンクールで入選しました。
「でも、入選作は映画化されず、プロットをいくつも書きましたがシナリオへの道は遠く」、映画雑誌や、情報誌、科学誌などのライターで生計を立てたそうです。
しかし、来るものは拒まずで何でも貪欲に取材し、知らないこと、わからないことを徹底的に調べて引出の中身を増やしたことが、後のちの糧となりました。
「映画化できなかったシナリオを小説に書き直してコンクールに出したら、最終審査まで残ったのですが、『小説以前だ』と酷評されて。でも読み直したら確かに〝ト書き〟でしかない文章だったり、〝長いプロット〟だったり」と反省した柏田さんは小説講座も受講し、勉強し直します。
その努力が実って『歴史群像大賞』、『オール読物推理小説新人賞』の受賞に繋がったのです。
柏田さんの経験によれば「小説家がシナリオを書こうとすると難しいかもしれないが、シナリオをたくさん書いた人が小説を書くと台詞が輝き、構成力もある面白い作品ができる」と分析。
シナリオの大切さを改めて教わったさらだママでした。
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by japanhosakkyo | 2012-05-24 06:13 | 放送アーカイブ
日本シナリオ協会会長
柏原寛司さん

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四月のゲスト、大野武雄さんが「脚本家が寄席をやるので」とお誘いいただき訪ねたのが人形町の三日月寄席。シナリオ作家協会会長を務める柏原寛司さんが主宰するとあって映画の試写室を使っての実にユニークな寄席でした。
で、早速、柏原さんにも五月カフェにご来店いただける運びとなったのです。

『あぶない刑事』シリーズでおなじみの柏原さん。
多くのテレビドラマや映画を執筆された巨匠!
でも、「子どもの頃国語の成績は2で、もの書きになる気はなかった」と冒頭から意外なお話にビックリ! 
もっともテレビや映画は大好きで、アクションものを観ては拳銃ごっこやチャンバラごっこに興じる子ども時代が原点となり、映画監督に憧れたとう人生、
その先にシナリオがあったのです。

あるとき柏原さんは、映画雑誌で目にした黒澤明監督の「映画監督になるにはシナリオが書けなくてはならない」の言葉に触発されました。
そこでシナリオ作家協会のシナリオ研究所(現・シナリオ講座)を受講。
さらに図書館に通って黒澤作品の『用心棒』や『椿三十郎』のシナリオ集を書き写したり、「ジョン・ウエイン主演の映画『アラモ』にはまって映画館に36回通って」暗記した台詞を書き出してシナリオするなど〝自主トレ〟に励んだそうです。(真似できそうでできません!)
そかし、トレーニングのセイカは現れます!
「憧れの監督のシナリオを書き写すうちに、自分が好きなシーンはこう書くんだなってわかってくる」と。
さらに、一連の自主トレを通じて柏原さんは「役者が是非演じたいと思う(かっこよさ、悪さも含めて)魅力的な人物を描くこと」の大事さに気づくのです。

「文才とか学校の成績とか関係ない! 映画が好きだ、撮りたいとう情熱でシナリオは書けるようになる」
という柏原さんの名言!
心に刻みましょう!
その情熱は今も熱く、映画監督、映画制作にとどまらず映画館まで作ってしまったのですから! 
情熱を持ち続け、とことんはまってみることの大切さを、柏原さんから教わりました。
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by japanhosakkyo | 2012-05-11 06:11 | 放送アーカイブ
映画館でこのごろ落語もやってしまう脚本家!
大野武雄さん
高座名は「松風亭鈍八」

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『西部警察』や『大都会』などでおなじみの脚本家大野武雄さん。

実はさらだママが学生時代、最初にお会いした〝生シナリオライター〟が大野武雄さんだったのです。
当時、白いスリムなジーンズにレイバンのサングラス姿。大野さんのカッコよさに、女子大生だったさらだママは「よし放送局に就職せず、フリーのライターで頑張る」と意を決しました。
それからいろいろ修業して弟子入りしたのはやはりスリムなジーンズとレイバンが似合った奥山侊伸師匠です……

と、余談になりましたが、大野さんもデビューは大学生時代。
シナリオ研究所の講座で白坂依志夫さんに師事、故・宮内婦貴子さんから声がかかり九重佑三子の『コメットさん』でデビュー。
しかし「大学を卒業する頃、コメットさんも終わってしまって」仕方なく銀行に就職するも、入行式当日で退社。「その日、日活のプロットライターの面接もあったんですが、間に合わなくてそっちもフイに」。
そこで恩師・白坂先生の薦めもあって芸能プロダクションのデスクの仕事につくことに。
「最初、一ヶ月のつもりが結構面白くて四年いましたね」。その間もプロダクションの上司が売り込んでくれてデスクをしながら脚本も書く日々となりました。
で、そろそろ脚本家一本でと思ったころに朝日放送から『部長刑事』の執筆依頼が来た!
「最初、よかったら書いてみない? くらいの声がけだったのですが、とにかくどんどんプロットを持っていきましたね。『コメット』さんのときは世間知らずでそれをしなかったから仕事が途切れたんです」。
その後は刑事ものに留まらず、『名探偵コナン』などアニメも手がけ、精力的な執筆活動を続けています。

代表作のひとつ『西部警察』では、主に石原裕次郎さんがヒューマンな芝居をするときの脚本を得意としました。
あらゆる角度から人間ドラマを描く大野さん。今回久しぶりにお会いして、その幅広い人間味あふれる魅力に、改めて感服いたした次第です。
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by japanhosakkyo | 2012-04-27 06:03 | 放送アーカイブ
マルチな才能! 遠藤察男さん

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遠藤察男さんは『とんねるずのみなさんのおかげでした』などバラエティの構成作家として大活躍、
加えて『矢島美容室 THE MOVIE 〜夢をつかまネバダ』など映画やテレビドラマの脚本も手がけている才人です。

実はさらだママと同い年で、駆け出し時代からの知り合いですが、今回初めて業界に入って来た経緯を聞いてびっくり!
「子どもの頃からテレビの世界に憧れていて、高校の時アルバイト誌で知ったエキストラのアルバイトから始めたんです」。
その時、渡瀬恒彦さんに声を掛けられ「君、僕の付き人になるか?」と。
でも役者ではなく、作る側になりたくかったから、渡瀬さんに、「いいえ」と断っちゃたそうです。
これに二度びっくり!
渡瀬さんに弟子入りしてたら、今頃大物俳優だったかも。
(だって、味のあるキャラクターで、色気があるので、役者もお似合いです!)

で、高校卒業後、制作会社のADになった遠藤さん。
当然、コキ使われて、
「家に帰れないほどこき使われましたが、憧れた世界で働けるだけで嬉しかった」
と、当時を懐かしみます。

やがて「自分は演出や制作より作家が性に合う」と思い、番組で知り合った奥山侊伸さんに弟子入りを希望しました。
奥山師匠には「作家になれる保証はないよ、知らないよ」と言われて、それでもずっとついていたそうです。
で、そのうちに運命の展開が!
歴史に残る歌番組『ベストテン』につけるようになったのですが、そこで兄弟子・秋元康さんに声を掛けられるようになり、一緒に始めたのが女子大生の深夜番組『オールナイトフジ』。
ここでとんねるずと出会い、また最初に手がけたテレビドラマ『季節はずれの海岸物語』の主演・片岡鶴太郎さんとも出会ったというのです。

番組の中で、「僕は、何一つちゃんとしてない器用貧乏」と番組でも盛んに謙遜してた遠藤さん。
あれ、その謙虚さは?
そうです! 兄弟子・秋元さん譲り。
秋元さんも実際にお会いしてみると、いつも謙虚。
それでなくちゃ大物になれないのかも。
ほぼ三十年ぶりにじっくり会った遠藤さんは男の色気も備わって大人な魅力を放っていました。
今後ますます、楽しみです。
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by japanhosakkyo | 2012-04-13 05:55 | 放送アーカイブ
3月29日のオンエアは、ドラマファクトリー・シーズン3ファイナル!

これまでもドラマファクトリーを、脚本指導・演技指導を担当した
吉村ゆうさんにお話しいただきました。

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by japanhosakkyo | 2012-03-30 05:49 | 放送アーカイブ
エプロン作家! 三宅直子さん登場!


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「エプロン作家」と呼ばれる脚本家の三宅直子さん。
女性ライターの理想であり憧れ。

そんな三宅さんにも人生何度も挫折があったと聞いてびっくりです。
最初の挫折は「高校のとき病気になって一年留年」したこと。
映画好きで文章を書くのが好きだったがその世界は遠かったのです。

高校卒業後は「両親に勧められ洋裁学校に行き、結婚もしました。
でもどこか夢を諦められなくて」、NHKのシナリオコンクールに応募して見事佳作に!

しかし独学だったので改めて講座を受講し、石森史郎氏に師事しました。
「平凡な主婦には身近に事件はなくて、何を書いたらいいのか? 作品が書けずに落ち込みました。
でも夫に『何やっても挫折はくるんじゃないか?』と言われ、等身大の自分を書こうと」ふっきれたそうです。
身近にいるご主人のひと言、温かくて力強いですね(羨ましい!)

そして、三宅さんは再度挑戦したNHKのコンクールで一席入選を果たします。
そんな活躍を取材した新聞記者につけられたキャッチフレーズが「エプロン作家」なのでした。

けれども三宅さんのチャレンジは続きます。
受賞をゴールと考えず「プロの脚本家」となるべく努力を続けたのです。

テレビアニメ『いたずら天使 チッポちゃん』でプロデビューしましたが、子どもたちから当時人気があった『ケンちゃんシリーズ』を「お母さんも書いて」と言われ、つてを探して売り込んだというバイタリティ!
努力も実って、『ママはライバル』などのドラマも執筆。
アニメでは『樫の木モック』や立ち上げ時の『ちびまる子ちゃん』などおなじみの作品を多く手がけました。

家庭では旦那様と「子どもを鍵っ子にしない」という約束を優先。
きちっと守ったそうです。(偉い! なかなかできません!)
そして、「書くためにはバス停でも、冷蔵庫の上でも、どこでも原稿用紙を広げて書きましたよ」という言葉が心に響きました。

やっぱり売れっ子作家はみな努力の人なんですね!
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by japanhosakkyo | 2012-03-24 05:41 | 放送アーカイブ