103&104 は 前田武彦さん
2009年 10月 10日
ゲストはマエタケさんの愛称で人気を博した
前田武彦さん。
テレビ創成期からテレビ文化を創ってきた人

マエタケさんの愛称で人気を博した前田武彦さん。
小学生の頃から作文が得意で、作家に憧れていたそうです。
プロデビューは昭和28年24歳の時、NHKテレビ『こどもの時間』。
学生時代の友人がNHKにいて、紹介で得た仕事だった。
「当時テレビは創成期で “マイナーな存在”だったんですよ。でも、それを逆手にとればね、穴場ですよ。新人が仕事しやすいんですから!ライバルは少なく、才能があればどんどん仕事が来ましたからねえ」。
小説家や映画の脚本家を目指さずに、テレビ作家を目指したのが正解。
そのうちラジオドラマの仕事がきて、
「ああ、これで俺もようやく一人前の放送作家だ!と喜んだものでしたよ」。
当時はラジオ作家の方がずっと格上だった。
しかし創成期のテレビ番組をたくさん手がけた事で、十数年で大御所の地位を築き、気がついたら有名人に。
「人が喋る台本書いてるなんてつまらない、自分で喋りたい」とぽろっと言ったら、そばにいたディレクターが早速デモテープを作ってくれた。
そして翌週からラジオパーソナリティに。
ラジオ関東(ラジオ日本の前身)の名物番組『昨日のつづき』でもマエタケ節が冴えた。
「今日の話は昨日のつづき、今日のつづきはまた明日」という決まり文句も思いついた。
「用意された原稿で話すより、ぶっつけ本番の方がモチベーションがあがるんですよ」。
『夜のヒットスタジオ』などでも台本にないフリートークで盛り上げた。
もちろんそれができたのもマエタケさんの頭に、放送作家として情報の引き出しがいっぱいつまっていたから。
即座に頭の中で構成できる訓練のたまもの!!
前田武彦さん。
テレビ創成期からテレビ文化を創ってきた人

マエタケさんの愛称で人気を博した前田武彦さん。
小学生の頃から作文が得意で、作家に憧れていたそうです。
プロデビューは昭和28年24歳の時、NHKテレビ『こどもの時間』。
学生時代の友人がNHKにいて、紹介で得た仕事だった。
「当時テレビは創成期で “マイナーな存在”だったんですよ。でも、それを逆手にとればね、穴場ですよ。新人が仕事しやすいんですから!ライバルは少なく、才能があればどんどん仕事が来ましたからねえ」。
小説家や映画の脚本家を目指さずに、テレビ作家を目指したのが正解。
そのうちラジオドラマの仕事がきて、
「ああ、これで俺もようやく一人前の放送作家だ!と喜んだものでしたよ」。
当時はラジオ作家の方がずっと格上だった。
しかし創成期のテレビ番組をたくさん手がけた事で、十数年で大御所の地位を築き、気がついたら有名人に。
「人が喋る台本書いてるなんてつまらない、自分で喋りたい」とぽろっと言ったら、そばにいたディレクターが早速デモテープを作ってくれた。
そして翌週からラジオパーソナリティに。
ラジオ関東(ラジオ日本の前身)の名物番組『昨日のつづき』でもマエタケ節が冴えた。
「今日の話は昨日のつづき、今日のつづきはまた明日」という決まり文句も思いついた。
「用意された原稿で話すより、ぶっつけ本番の方がモチベーションがあがるんですよ」。
『夜のヒットスタジオ』などでも台本にないフリートークで盛り上げた。
もちろんそれができたのもマエタケさんの頭に、放送作家として情報の引き出しがいっぱいつまっていたから。
即座に頭の中で構成できる訓練のたまもの!!
by japanhosakkyo | 2009-10-10 10:31 | 放送アーカイブ | Trackback | Comments(0)
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