カフェ・ラ・テ(ラジオ日本)

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102回はアニメからアニラジまで ベテラン渡辺麻実さん

渡辺麻実さん!
『ロードス島戦記』や『X』などアニメーションの分野で活躍してきたベテラン


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実は高校生の頃は大のラジオっ子。
「夜更かしすると母に叱られるので、ラジカセ抱えて布団かぶって深夜放送を聴いてました」。

ラジオの世界で働きたいという思いが募って、日本脚本家連盟の『放送作家教室』に。
「講師に来たニッポン放送のドン・上野プロデューサーに面白い原稿書いて来い、と言われて」
すぐに行動!
そのときの仲間が何を隠そう、同じ教室生だったさらだたまこママです。
当時登竜門と言われた『夜のドラマハウス』に一緒に脚本を持ち込みました。
ああ、懐かしい思い出です。
あの日がなければ、今日このカフェ・ラ・テもなかったかも。。。。

「でも上野さんに赤いサインペンで大きくボツ!って毎回書かれてたよね」。
ええ、今となってはこっぱずかしくも懐かしい思い出! 
でも、互いにボツが続いてもめげずに支えあって、8本目くらいで渡辺さんは採用、

採用が決まると、作家麻実ちゃんには収録立ち会い用にお弁当と深夜タクシー券が配布され、
採用されないさらだママは、淋しくひとりマックと終電で帰りました。
この差!
なんとか私も採用されようと頑張ったけど、遅れて11本目くらいで
ようやくママのデビューが決まったのでした。

それがきっかけでニッポン放送に出入りし始めた二人。
コピー取りなどが主な仕事の下積み時代、でも渡辺さんの方が重宝されたのです。
それはアニメの知識。
ラジオっ子であり、同時に子供の頃から渡辺さんはアニメにも精通していたので
アニメ特番といえば「麻実ちゃん、書いて」とお声がかかっていました。
やはり何か売りがないと、ダメだ! と、そのころこっそり焦っていたママでした。

そしてある日「私、アニメの脚本書くから」と渡辺さんはアニメの世界に羽ばたいていったのです。
放送作家教室時代から、アニメ界の大御所・辻真先氏に師事して力の蓄えていたのです。
そんな麻実ちゃんに背中を押され、ママもなんとか追いつけと頑張ってこれたのかと思います。

余談ですが、さらだたまこのペンネームはドン・上野命名です。
顔が丸くてたまごのようで、その頃アラレちゃんのアニメにサラダキノコが出ていたから・・・
なんとなくイメージで。
で、こんな名前がついて、元々食いしん坊だから、料理番組書きたい! と思い立ち
料理が得意風に吹聴してたら、やがてまもなく料理番組の脚本依頼が!
それが、料理ライターにどっぷりつかるその後の人生に!
あ、いまは、料理だけにとどまらず、ミュージカルも小説も書いてます。はい




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by japanhosakkyo | 2009-09-30 10:09 | 放送アーカイブ